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セントレアから成田(1時間ちょっと)、成田からシカゴ(11時間半)です。
1週間の “Marketing & Business Language” というコースを取るのが今回の目的です。
時差は14時間、シカゴの方が遅いです。
シカゴのO’hare(オヘア)空港に着いたのは午後3時くらいでした。
空港からタクシーでホームステイ先Pattyのところまで約30~40分かかりました。
タクシーに乗り込んだ瞬間「あ~、シカゴって危険な都市じゃないんだ」って思いました。
(ニューヨークのタクシーは運転席と後部座席の間にガッチリしたアクリル板?がありました)
シカゴの中心地ですが、閑静な通りでタクシーは止まりました。
ホストマザーのPattyについては、行くまで名前しかわからなかったので、会うまでドキドキでした。
ドアをノックして開けた瞬間そこに現れたPatty(左)の第一印象は「きれい~、感じいい~」でした。
お友達のToniも来てくれました。
リビングもダイニングもどこもステキで、細部にこだわりが感じられました。
そして何よりも感激だったのが、突然姿を見せたネコのベル(♀)です。
うちにもネコがいて、うちのミント(♂)と似てたんです。ホントビックリでした。
私のお部屋です。室温が24時間一定に設定されていて、快適な温度に保たれていました。(外は暑い時で27~8℃くらいでした)
家から歩いて2,3分のところにオシャレなレストランがぎゅっとかたまっていました。
この日の夕食は“Bistro Zinc” でキッシュとハンバーガーをシェアしました。
あとはワインとサラダです。
どのレストランも観光客と地元の人でいっぱいです。
ミシガン湖まで歩いて10分くらいで、どう見ても海にしか見えない大きさに圧倒されました。
これは遊泳禁止のマークです。
砂浜になっていて泳げる場所がありますが、ここから入って泳ぐ人がいるらしいんです。
(と聞いているそばから、カップルがもう暗くなりかけた湖に入ろうとしていました)
次の日曜日、Pattyのお友達のお孫さんVivianの誕生日パーティーがあって、私も連れて行ってくれることになりました。
Pattyの車(ホンダでした)で郊外まで行きます。
1時間くらいでPattyも3人の子育てをしていたというHomewoodという町に着きました。
その頃住んでいた家の前も通って、たまたま外で花の水やりをしていた昔なじみのお隣の人にサプライズで声をかけ、二人はしばらく昔話と近況報告で盛り上がっていました。
お誕生日プレゼントには、おもちゃにカードを添えて、それに日本からPattyへのおみやげに持って行った京都の金平糖も少し持って行きました。
裏庭には小さい子供連れの家族がすでに何組かいましたが、Vivianのおじいちゃん、おばあちゃんやご両親に挨拶をしている間にも次々と若い子供連れの家族がやって来ました。
子供たちは、おもちゃや滑り台で遊んだり、大人たちは近況を報告し合ったりして、おしゃべりに花を咲かせていました。初対面の私にもみんな温かくて、楽しい時間が過ごせました。
うちの教室のMichaelにシカゴに行ったら、絶対に食べた方がいいと言われていたものがあります。
「シカゴ・ディープ・ピザ」です。
Pattyに話したら、近くにおいしいお店があるというので、今日の夜はそのレストランに行くことにしました。
お店の入口でウェイトレスの女の子に携帯の番号を告げます。
テーブルが空いて用意ができると、携帯に連絡が来るのです。(おもしろいシステムですね)
待っている間、バーカウンターでワインを飲んでおしゃべりです。
スキレットに入って出て来たピザはすごいボリュームで最高においしかったです。
日本で食べているピザとは全く別物で、厚くて中にチーズがいっぱい入っていて、さずがの私も一切れが限界でした。
Pattyにバスの乗り場と降りる場所を教えてもらい、バスのカード(Ventra)も買って行きます。
(現金の場合は、2ドル25セントの小銭を用意して乗らないとおつりは出ません)
バスはミシガン湖と平行に走っている、マグニフィスント・マイル(最高の1マイル)という呼び名で親しまれているミシガン通りをまっすぐに行きます。
学校の近くのMonrou(モンロウ)駅まで15分か20分です。
降りる時はこのひもを下に引っぱります。
バス停にあったこの標識、何か変ですよね。
「赤信号 右折禁止」って、赤信号では、ふつうもともと行けないですよね。
ところが、アメリカでは通常は赤信号でも右折していいんです。
なので、右折してはいけないところでは、この標識があるんです。おもしろいですね。
電車の古い駅が近代的なビルの間にあります。
何の飾りっ気もないただの銀色です。(電車マニアには、そこがたまらなく魅力のようですが)
学校の住所はわかっていましたが、建物に名前がついているわけではなく、建っているのは全部高いビルばかり・・・ど、どこ? という時は、近くにいる人にすぐに聞きます。
と、住所を見て、122だから、とビルの入口を見て、もう少し行ったところだね、と教えてくれました。
そっかあ、よくよく見たら、それぞれのビルの入口に番号がついていました。
初日はオリエンテーションとレクチャーだけでした。
何か月もいる人がほとんどなので、ハウジングのことや病院、銀行・・・についてそれぞれ担当の人から細かい説明があり、お勧めの観光スポットについても楽しくお話ししてくれました。
この日が初日だという生徒は30人か40人くらいいましたが、日本人は私以外にはあと一人だったと思います。
学校は最高のロケイションで、目の前に、The Art Institute of Chicago(シカゴ美術館)とMillennium Park(ミレニアム・パーク)があり、観光客でいつも賑わっています。
オシャレなレストランもたくさんあります。
この日のランチは先生に勧めてもらったVapinoというイタリアン・レストランに行きました。
このレストランではたくさんの種類の麺の中から好きな麺を選べます。
私は平麺でバジルのパスタにしました。
この部屋で午後レクチャーがありました。
食物についてのレクチャーはかなり専門的なもので、おもしろく勉強できました。
途中で3人ずつのグループになって、それぞれの国の食物事情(輸入のものについてとか、オーガニックのものについてとか、20年前の食物との比較とか・・・)についての話し合いになりました。
私はフランス人のビジネスマンの男の人とブラジル人の若くてきれいな女の子とグループになりましたが、フランス人の男の人は英語もよくしゃべるし、知識も豊富でびっくりしました。
ブラジルの人と話したのは初めてでしたが、ほんとに整った顔立ちの美人でした。
今まで話す機会のなかった国の人と話をすると、遠かった国が近い存在になって興味も持てるようになりますね。
この日は早めに終わったので、学校から十数分のところにある、シカゴで最も高く、アメリカで2番目に高い超高層ビル(110階)Willis Tower(ウィリス・タワー)に行ってみました。
着いたのは3時くらいでしたが、チケットを買う人の長蛇の列ができていました。
( どの時間帯に行っても長い列ができているらしいです)
そういう時はfast passを買って待たずに入ります。
別のエレベーターで2回乗り換えて、103階の展望フロアーへ。
360度シカゴのまちが見えます。
私の手は壁についています。
(私、高所恐怖症じゃなかったみたいです)
この日の夜もPattyと近くのレストランへ。平日でもどこもいっぱいです。
入ったクラスはかなり難しくて、最初びっくりしましたが、10人ちょっとのクラスは、フランス、北欧、アラブ、中国、ブラジル・・・と世界中から集まって来ていて、みんなフレンドリーで、英語も普通に話せて、知識も豊富で、自分の意見もしっかり発言していました。
先生のOscarは明るくて気さくで、生徒との距離が近い先生だったので、みんなから慕われていました。
授業中に私にも「Yuko, Talor Swift 好き?」とか(この週の土曜日にシカゴでコンサートが予定されてので)、「東京と京都に行ったことがあるけど、どこから来たの?」とか「New Yorkに行ったことある? 好き?」とかいろいろ聞いてくれたので、他の人たちも「何をしてるの?」とか「いつまでいるの?」って聞いてくれて、会話を始めるきっかけになりました。
学校の帰りにシカゴ美術館に寄ってみます。ここで絶対に見たい絵がありました。
昔、教科書で見たときに気に入っていた絵で、まさかここで本物を目にできるとは思ってもいませんでした。
スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」です。
やはり人気で、一番目立つところに飾ってあり、一段と人を集めていました。
授業の一環として来ているのか、絵の説明を聞いている学生のグループも見かけました。
夜、お友達のToniも一緒に3人でJazz Club “Andy’s”に行きました。
PattyもToniも地元にいながらJazz Clubに行ったことがなくて、いい機会だって喜んでくれました。
カバーチャージは10ドルでした。(出演するミュージシャンによって多少変わるみたいです)
広い店内もいつの間にか満席になっていました。
3つとも味が違っていて、大きさもアメリカにしては珍しくかわいくてgoodです。
次の日は少し気合いを入れて、早めに学校に行って授業の準備をしました。
クラスのメンバーは授業によって多少メンバーが入れ替わって、おかげでいろいろな国の人に会えて、交流できました。
この日、私の隣にサウジアラビアの女の子が座り、授業の途中で話しかけてきました。
「私、日本のマンガやドラマや映画が好きで、よく見てるの。山ピーや小栗旬、大好き」と言って、知っている日本語をいくつか言ってくれたので二人で授業中に大笑いしていました。
中国の女の子は私が持っていた電子辞書を「それ、何?」と言って、写メまで撮っていました。
(そう言えば、他のどの国の人も電子辞書を持っている人はいなくて、みんなiPhoneを辞書代わりにしていました)
別のマーケティングの授業では、ブラジル人のビジネスマンの人が話しかけてきて、おじいちゃんが日本人だって、教えてくれました。
なので、名字はNishiharaだって言って、それだけ漢字で書けるって言って、西原って書いて微笑んでいました。
みんな同じ目的で集まっているので、国の違いとか皮膚の色とか年齢・性別なんて全く関係なく、すぐに打ち解けてどのクラスもいい雰囲気で授業を受けることができました。
ルート66というのは、国道66号線で、イリノイ州のシカゴとカリファルニア州のサンタモニカを結んでいた国道です。
州間高速道路の発達で1985年に廃線になってしまいました。
この道路にちなんだ「ルート66」という曲も映画もありました。
この道をたどって多くの人が旅をしました。
シカゴと言えば、最近日本にも入ってきて、名古屋でも東京でも行列ができているというポップコーンがありますよね。garrett(ガレット)です。
学校の帰りに「そう言えば、どこにあるんだろう」とボーっと考えつつバス停で立っていると、何となくどこからともなくポップコーンのにおいがしたような気がして、あたりをキョロキョロ見回してみると、何とすぐそこにそのお店garrettがあったのです。
「え~、ここに」と思って、すぐ中に入ってみると、かなりの人が列になっていました。が、もちろん並んで買いました。
一番人気は、キャラメルのポップコーンとチーズのポップコーンがミックスで入っているgarrett mix(日本ではシカゴミックスと呼んでるみたい)です。
ポップコーンを買うのに何時間も並んで買うなんて、と思っていましたが、これがすっごく美味しかったんです。特にできたては最高です。
シカゴの建築をフェリーで見て回るシカゴ建築財団によるリバークルーズです。
シカゴは街全体が建築美術館と言われるくらい美しい建物がたくさんあります。
ちょうどお天気も曇りだったので(晴れてたら暑いし、日焼け対策が大変です)、学校の帰りにPattyに教えてもらっていたフェリー乗り場あたりでバスを途中下車してクルーズに参加しました。
ボランティアのガイドのおじさんがしてくれる建物の説明を聞きながら、シカゴ川からミシガン湖にも出て、シカゴの街全体を見ることもできました。
いろいろなクルーズがあるみたいですが、私の参加したクルーズは90分でした。
ヨットに乗っている人たちもいました。
夜もあります。
「シカゴはミシガン湖から吹いてくる風が強くて、windy cityと呼ばれていますが、実は単に風が強い市というだけでなく、政治家がウルサイところからも来ているんです」とガイドのおじさんが話していました。
2016年の大統領選に出馬したヒラリー・クリントンもシカゴ出身ですね。
夜は家にあった4~5種類のチーズとワイン、サラダと何種類かのパンで、音楽を聞きながらPattyとおしゃべりをしてゆったりと過ごしました。
こういうのもなかなかいいです。
(ただ、ブロッコリーを生で食べたのは初めてでした。。。まあ、大丈夫です)
学校が抜群のロケイションだったので、学校の帰りに美術館の隣のミレニアム・パークにも何度も寄っていました。
ここは世界でも有数の美しい芸術が施された公園だと言われていて、おもしろいオブジェがあちこちにあります。
一番人気はこれです。銀色の卵みたいな形の、ビーンの愛称で親しまれているCloud Gate(クラウド・ゲート)です。
長方形の巨大なタワーCrown Fountain(クラウン・ファウンテン)は水が流れていて、暑い日は子供たちの絶好の遊び場です。
Jay Pritzker Pavilion & Great Lawn(ジェイ・プリツカ―・パビリオン& グレートローン)は巨大な野外のコンサートホールです。
街中をセグウェイで回っている、セグウェイツアーの人たちも見かけました。
おまわりさんもセグウェイです。
レンタサイクルもあちこちにあります。
午後2時か3時頃にはスクールバスにもよくあいました。
咲いている花を見ると、この時期(7月中旬)は日本と気温が同じくらいなのがわかりますが(行っていた時は、最高で気温が27~28℃でした)、シカゴはお天気が変わりやすく晴れてたかなと思うと、突然カミナリが鳴ったりもしていました。
滞在中に一日だけ急に18℃くらいに気温が下がった日がありました。
学校の先生は「シカゴだから」なんて笑っていましたが、いつものこと、みたいですね。
毎日昼も夜も充実していて、時間が有効に使えたので、何倍も楽しめました。
学校でも、ホームステイ先に帰ってからも、たくさんの人と会えたし、話せたし、いろんな国の英語が聞けたし、美味しいものもいっぱい食べました。
そんな話もしながら、夜はPattyがデリバリーを頼んでくれました。
クラブ・ケーキとスイートチリ・フライド・カラマリです。(カラマリってイカなんです)
そう言えば、ずっとずっと昔、クラブ・ケーキが気になっていて、でも食べる機会がなくて、ずっと忘れていました。
だから、えっ?ここで?って感じで突然の出現に大感激でした。
ホット・ピンク・マヨネーズをかけていただきます。
カニがたっぷり入っていて、想像以上に美味しかったです。(嬉しかったあ~)
あっという間に1週間が過ぎ、最後の授業でOscarから修了証をもらいました。
1週間とは思えないくらい内容が濃くて、クラスのみんなとの距離も近くなり、メールアドレスを交換して、記念撮影もして日本で会おうネ、と約束してさよならをしました。
学校が終わったあとはPattyの家を出てホテルに2日間滞在することにしていました。
その朝はPattyの友達3人と私の4人で、近くのパンケーキ屋さんに行って朝食をとりました。
Pattyは2年前に家の内装をすべて変え、Toniは最近終えたところで(Toniのお家の中もアーティスティックですごくステキでした)、そしてもう一人のお友達は今改装中で、3人ともプロの人にコーディネートを頼んだらしく、ひとしきりその話をすると、あとはまあガールズトークですね。
驚いたことに、私を含め4人ともヨガをしていました。
スーツケースがいっぱいになってしまったので、もう着ない服を、Pattyに用意してもらったダンボールに詰めて、郵便局から送ることにしました。
ホテルまでPattyが送ってくれることになり、途中で郵便局に寄って荷物を送りました。
(60ドルちょっとくらいで、1週間もしないうちに日本に届きました)
いよいよ、Pattyともお別れです。
毎日学校に行っている時以外はずっと一緒にいたにもかかわらず、今回感傷的にならなかったのは、「次は京都で会おうネ」って約束がしてあったからです。
Pattyがホテルの前でハグをしてくれて、とりあえず一旦お別れです。
(日本に帰ってから、もう何度もメールのやりとりをしています)
ホテルはPattyの家と学校の中間くらいのところにあって、毎日見慣れた景色がすぐそこにありました。
部屋からはシカゴ川とミシガン湖が見えます。
ちょうどその週の日曜日にシカゴ・ハーフ・マラソンがあって、たくさんの人が参加していました。
テレビのニュースキャスターが朝6時半に外に出て、「この時間でももう暑いです」と話していました。
マラソンが終わった頃、外に行ってみると、首からメダルをぶら下げた人たちが、暑そうな表情で帰っていくところでした。
(この前日にTalor Swiftのコンサートがありました。テレビで超大盛り上がりの様子が報道されていました。行きたかった~)
ミシガン湖の方へ歩いて行くと、リムジンが湖を見下ろす道路のつきあたりに止まっていました。
黒のリムジンは見たことがありますが、白いリムジンは初めてだったので、もちろん1枚。(きっと、中から見られていました)
学校が終わってから2日滞在しようと思ったのは、その2日間で観光しようと思っていたからです。
でも、行きたいところ、見たいもの、食べたいもの、すべてPattyのおかげでホームステイ中にできてしまいました。
こんなに短い間に学校でも家でもこれほどたくさんの人たちと交流ができるとは思ってもいませんでした。
学校では世界中の人たちとお話ができて、いろんな英語が聞けて、いかに世界の人たちが英語を自分のものにし、自分たちの英語で堂々と自分の意見を言えるのかを知り、自分の意見がなかなか発言できない日本人について見なおすことができました。
受験勉強のためだけの英語を続けている限り、日本人はどんどん世界から取り残されてしまいそうです。
それを実感できた私は、せめてうちの教室に来てくれているみんなには、世界に出ても通用する英語を身につけてもらえるよう、私が方向を見誤らないようにしないといけないな、と強く思いました。
そして「英語」という手段のおかげで、たくさんの人たちと交流ができて、貴重な体験もし、世界が更に近くなったことに今回もまた感謝しています。
ありがとう・・・
帰る朝、カーテンを開けたら、ちょうどミシガン湖から太陽が昇ってきました。